世界と仕事をするなら、別の都市に拠点を構える選択肢もあったはずだ。それでもカズ・オオモリは、大阪に住み続けている。15年前に帝塚山を選んだ理由を尋ねると、返ってきたのは意外な一言だった。ディズニー作品のポスターをはじめ、自作を世界へと送り出すかたわら、朝はカフェで街の人と言葉を交わし、気分転換に近所を歩く。世界の第一線を知るアーティストは、南大阪のこの街に何を見て、何をしようとしているのか。

カズ・オオモリさん
カズ・オオモリKaz Oomori

グラフィックアーティスト。
1967年、大阪生まれ。橿原学院高校美術科を経て、奈良芸術短期大学デザインコースを卒業。デザイン制作会社勤務ののち渡米し、ミネアポリスの美術大学で学ぶ。帰国後、自身のスタジオ「Tune Grafik」を設立。ディズニー、マーベル、ルーカスフィルムなどの公式アートを手がける、ウォルト・ディズニー・カンパニーUS公認アーティストとして知られる。大阪芸術大学芸術学部デザイン学科教授。

高台からの夕日を見て、カリフォルニアを感じた

建物の壁面に描かれた、波に乗るサーファーのミューラルアートと、それを見るカズ・オオモリ

——世界と仕事をするなら、東京に拠点を置く選択肢もあったのでは、と思います。なぜ大阪に住み続けているのですか?

カズ・オオモリ(以下、カズ)

クリエイターにとって、制作する環境はすごく重要です。のびのびと創造できて、かつエネルギーを蓄えられる、心地のいい空気が不可欠で。僕はハリウッドの仕事で現地に行く機会も多いので、日本にいながら海外の空気感を感じられる場所が必要でした。

——それが帝塚山、というのは?

カズ

15年ほど前、ご縁をいただいて帝塚山に住むことになったんですけど、このあたりは路面電車が走っていて、高い建物が少ない。上町台地の上という地形的な条件もあり、夕日がすごくきれいに見えるんですよ。それで「ここはカリフォルニアと同じだ!」と感じたんです。道が広くて、空が広く見えて、緑もあって気持ちよく過ごせるのが、住み続ける理由になっています。「メルボルンみたい」という人もいて、見えているものは近いのかもしれませんね。

——環境面が決め手だったのですね。

カズ

それも満足しているんですけど、実はそれ以上に、人が面白い。帝塚山って音楽・芸術的な文脈が根強い街なんですよ。有名なバレリーナやミュージシャンがスタジオを構えていたり、俳優さんが住んでいたり。表現者が周りにたくさんいるので、刺激をたくさん受けられます。

——穏やかでのびのびとした環境と、刺激的な人たち。その両方があるというのは不思議ですね。

カズ

僕と同じようにこの街に惹かれたのか、魅力的なお店を立ち上げる方々も集まってこられます。僕は朝活として、起きたらまず好きなカフェに行くんです。すると、近所のみなさんも朝ごはんを食べたり、コーヒーを飲んだりして過ごされていて、自然と「最近どう?」「今こんなプロジェクトをやってて……」という話になる。つながりや刺激が、勝手に生まれる空間になっています。

世界に拡散する仕事と、住人の反応が直接届く仕事

棚に並ぶ絵の具やスプレー缶、フィギュアと映画ポスター

——帝塚山音楽祭(※)やミューラルアートなど、地元に根差した活動に積極的に取り組んでいるのも、そのような理由からですか?

カズ

普段のエンターテインメントの仕事は、広く、多くの人に向けて拡散させていく仕事です。ローカルのクリエイティブはその逆で、身近な人たちと一緒に作り上げていくもの。みんなで地元を盛り上げていく、ひとつのパーツになるんです。最終的に喜んでくださるのは周りに住んでいる人が中心だから、リアクションの速度も距離感も、全然違います。

※万代池公園やその周辺で毎年5月に開催される、地域密着型音楽イベント。1987年に地元の店主や住民らが街おこしとコミュニティ形成のために立ち上げた。

——共同作業的なローカルの活動だからこそ感じられる興奮もあるのですね。

カズ

さらに、見てくれた人のリアクションも違います。エンターテインメントの仕事では、もし世界中の人が喜んでくれたとしても、その声はなかなかダイレクトには届いてきません。ローカルのクリエイティブは地域活性化にもつながりますし、何より、僕自身のエネルギー源になっている気がします。

——そのように生み出された作品で、何を届けたいですか?

カズ

やっぱり帝塚山を知ってほしいし、実際に足を運んで楽しんでほしい。アートやカルチャーはそのフックになってくれるはずです。そして僕は、見てくれた人の反応にエネルギーをもらって、また新しい仕事に向き合っていく。その繰り返しです。

——そもそも、地元と関わるようになったきっかけは何ですか?

カズ

僕は、仕事をするときはコーヒーが欠かせない、というくらいコーヒー好きなんですよ。だから、素敵なカフェがあるということが、この街に根を下ろした理由でもあるんです。これは持論ですが、いいカフェがある街には、いい人がいる。カフェで出会った人たちと話しているうちに、「この街をもっと知ってもらうために、一緒に何か作りましょう」という話になったのがスタートです。

——ワークショップなど、参加型の活動を続けているのも、その延長にあるのでしょうか?

カズ

そうですね。それに、AIを使えば誰でも簡単に“描ける”時代、子どもたちが手を動かさなくなる、頭を動かさなくなるんじゃないか? とも思うんです。だからまず、自分の手で表現する機会をつくってあげたい。これからさらに力を入れていきたいですね。

アートの力で帝塚山、長居に人を呼び込みたい

観葉植物と革のソファ、作業デスクのあるアトリエの室内

——IDENAは長居エリアを拠点にしたメディアですが、カズさんにとって長居は、地元の範囲に入っていますか?

カズ

入ってると、勝手に思ってます(笑)

——うれしいです。実際に足を運ぶのは、どんなときですか?

カズ

やっぱり自然を求めて、ですね。帝塚山にも公園はありますが、空がもっと広く見えて、緑がたくさんあるとなると、思いつくのは長居公園。それに、サッカーやスケートボードをしている人もいて、体を動かしたくなるような雰囲気も魅力です。

——移動手段は?

カズ

長居までの距離って、歩くのにちょうどいいんです。プロジェクトを組み立てているときなんかは特に、歩きながら考え事をすることが多くなりますね。途中には商店街とか、いいムードが残っている通りがたくさんあって、それを感じながら歩くのも好きです。

——では、長居を含むエリア一帯について「将来的にこんな街になったらいいな」という理想像はありますか?

カズ

もっと緑があってもいいと思うし、「行きたい」と思える理由や仕組みが、もう少し増えてほしいですね。このあたりは数十年前は学生でにぎわっていて、レストランやバーがたくさんあったんです。僕はギリギリその頃を知っていて。そう考えると、文化的なもの、人が集まる要素は縮小している気がします。素敵な老舗も、後継者問題が深刻になっています。

——カズさんが愛した“文脈”が危機にさらされていると。

カズ

場所もムードも、受け継いでいくには、若い力が必要です。アイデアレベルですが、アートステーションのようなものがあってもいいかも。

——アートステーションというのはどのような施設ですか?

カズ

アート関連の書籍やフォトブックが置かれていて、ギャラリーにもなって……それから、ポスターやカードが作れるシルクスクリーンの工房もよさそうです。学校では子ども向けワークショップもよくやらせてもらっているので、そんな場所ができたら、ぜひ力になりたいです。やっぱり僕は表現者なので、その技術を使って人を集められたらいいな、と思っています。

アトリエの製図台に置かれた描きかけのスケッチ

街を歩き、人と交わる。世界中へ拡散する作品を手がけるかたわら、彼が手放さないのは、周囲の声が直接跳ね返ってくるローカルの距離感だった。そして、次に必要なピースとして挙げたのも、やはり人が集う場。それを一緒に面白がる人物が現れたとき、新章の幕が上がるのかもしれない。(おわり)