長居エリアから程近い帝塚山から、ハリウッド映画のアートワークを生み出し続けている人物がいる。ディズニー公認アーティスト、カズ・オオモリ。彼と同じ肩書きを持つアーティストは、世界でもわずか数人だという。若かりし頃に渡米し、大阪に戻って以降も『ベイマックス』『スター・ウォーズ』といった人気作のポスターを描き続けている。実績を並べると経歴は華やかだが、その根源はいたってシンプルで、幼い頃に映画館で見上げた1枚のポスターが始まりだった。まずは原点から話を聞いた。

カズ・オオモリさん
カズ・オオモリKaz Oomori

グラフィックアーティスト。
1967年、大阪生まれ。橿原学院高校美術科を経て、奈良芸術短期大学デザインコースを卒業。デザイン制作会社勤務ののち渡米し、ミネアポリスの美術大学で学ぶ。帰国後、自身のスタジオ「Tune Grafik」を設立。ディズニー、マーベル、ルーカスフィルムなどの公式アートを手がける、ウォルト・ディズニー・カンパニーUS公認アーティストとして知られる。大阪芸術大学芸術学部デザイン学科教授。

アートワークもデザインも、全て自分で

製図台でスケッチを描くカズ・オオモリの手元

——普段どういったお仕事をされているか、説明していただけますか?

カズ・オオモリ(以下、カズ)

「グラフィックアーティスト」として活動していますが、聞き馴染みがない職業かと思います。今ってグラフィックデザイナー、アートディレクター、イラストレーターは分業化されてるじゃないですか。でも1920〜50年代あたりまでは、1人の作家がアートもグラフィックも、タイポグラフィもやり、全部まとめてポスターを作ってたんですよ。

——今では異なる領域とされる作業をまとめて担い、1枚のビジュアルを制作していたのですね。

カズ

そうなんですよ! 歴史的にも、商業アートというか、現在でいう広告のような形で、企業向けのビジュアルを1人のアーティストがポスターを1人で作っていた時代がありました。アール・デコの文脈ならミュシャが有名ですが、カッサンドルやロートレックもグラフィックアーティストといえますね。

——カズさんご自身は、どのような作品を手がけることが多いですか?

カズ

主に映画関係のビジュアルで、僕は「エンターテイメントデザイン」と呼んでいます。具体的に言うとポスターやチケットのデザインです。これらもやはり分業が主流なのですが、僕の場合、完成までの全てを一任される。映画のムードを伝えるための絵のスタイルも、グラフィックデザインも、1人で決めて、1人で作っています。ディレクションから実制作まで丸ごとやっている、と説明するとイメージしやすいでしょうか。

映画好きの若者が、夢のハリウッドへ

スタジオに並ぶポスターやフィギュアの数々

——全てを統合するそのスタイルに、どのように行き着いたのか気になります。経歴について教えてください。

カズ

芸術系の学校を出て、イラストレーターとしてキャリアをスタートし、しばらく大阪で働いていました。当時は広告系の仕事がほとんど。大阪には東京ほど出版社がない代わりに、当時からさまざまな企業の本社があったので、広告の仕事が多かった、というわけです。

——出版と広告では、どのような違いがあるのですか?

カズ

例えば、本の表紙や雑誌のイラストカットを描けば「イラストレーション:カズ・オオモリ」というようにクレジットが載ります。でも広告だと、イラストレーターの名前はほとんど表に出ません。これは「作者として認知されるかどうか」という単純な違いではありません。広告デザインは商品を知ってもらうことが目的。だから、作風に癖のあるイラストレーションは不要になる。そういう環境で働いていたら、自分らしいイラストが描けなくなっちゃったんですよ。

——そもそも絵を描き始めたきっかけは、どこにあったのでしょうか?

カズ

幼稚園の頃、親に連れられて映画館に観に行った『ピノキオ』です。初めて観たアニメーションは衝撃的で。しかも劇場にはポスターが貼られてるじゃないですか。ポスターを眺めながら「どんな映画なんだろう」と想像しますよね。そして、観終わった後にもう一度ポスターを見ると「なるほど、こういう意味だったのか!」と納得する。この一連の体験が、子どもながらにすごくインパクトがあって。

——ポスターとの最初の出会いは、映画館だったのですね。

カズ

はい。そこからポスターに興味を持つようになりました。1960〜80年代、面白いハリウッド映画が次々に日本に入ってきていた時代が、ちょうどティーンエイジャーの頃。「いつかハリウッドの仕事をしたい」という中高生の頃の憧れが、一番の根っこになってるんです。だから「やっぱり自分の夢はアメリカだ!」という思いで事務所を辞めて、23歳で単身、北米に行ったというのが、今に一番つながってると思いますね。

依頼される前から、筆を走らせる

机に広げられた原画やスケッチ

——どういった流れでお仕事の依頼が来るのでしょうか。

カズ

全体の約8割がハリウッドの仕事なのですが、僕は北米のエージェントに所属していて、そこに映画スタジオから「こんなプロジェクトがあるんだけど、どうですか?」という話が来るんです。イラストレーターが60人ほど所属しているので、オーディション形式です。やりたい場合は手を挙げて、サンプルのアートワークを何枚か描く。それを、エージェントを通してスタジオに提案する形です。もちろん、採用されない場合もあります。

——採用されるかわからないままサンプルを作る……ある種、投資的な時間が発生するわけですね。

カズ

そうですね。でも、それは普段からやっていて。「パッションプロジェクト」と自分で呼んでるんですけど。いろんな映画を見たり、いろんなライブに行ったり、エンターテインメントに何かインスピレーションを受けたら、その勢いに任せてビジュアルを作るんです。例えば、あるライブを聞きに行って、「このライブのポスターを僕が作ったらこんな感じかな」とかね。映画に限らずです。

——そのような制作には、いつごろから取り組まれているのですか?

カズ

もうずいぶん前……数十年前からやってましたね。こういう活動が、今のエージェントにつながったきっかけでもあるんです。

——プライベートで映画を見る際、作品を選ぶ基準はありますか?

カズ

まず興味があるかどうか、ですね。作品に興味がある場合もありますし、監督が気になって観ることもあります。好きなものって、情報への感度も高くなるじゃないですか。「あの監督がこんな作品を撮るらしいぞ」とか、「このスタジオがこんな映画を作るらしい」とか。みなさんと同じで、SNSやいろんなところで見つけてますよ(笑)。それで「やってみたい」となったら、パッションプロジェクトとして先に作っちゃうんです。映画好きだった10代の頃から、やってることは変わっていません。

カズ・オオモリが、頼まれてもいないのに“勝手に”描いたイラストは、引き出しに溜められていき、今では数え切れない枚数になった。衝動に任せて描くスタイルは、映画館でポスターに心をつかまれた少年時代から、何も変わっていない。数十年続けてきたその習慣が、彼をハリウッドへと導いた。次回は、キャリアを変えた仕事と、5年前に訪れた思わぬ危機について聞く。(つづく)